風に流れる声は。告げられた真実は。

どこへ消える?





…何処へ、留まる?



風が攫って、さらに遠くへ。
心の中にも、吹き付ける。
ざわめきと共に波を打ち立て。





心を、揺るがせる。







〜姫と愉快な王子達−act.3 マネと一緒−〜







猪里がを妹だと宣言した直後。



…まぁ、直後とは言ってもしばらくは誰もが固まっていたが…。



野球部のメンバーは渦中の2人を円の中心に閉じ込めた。
猪里はそれが分かっていたのか、ため息を漏らしただけだった。
数瞬遅れてが怯えたために、自分の背中に庇う事は忘れなかったが。


「…其れは真か?」

「事実っちゃ。」

「猪里先輩なんかとは似ても似つかないよっ!!」

「二卵性だから似んくてもおかしくなかよ。」

「…嘘も大概にしておいてくださいっす!!」

「…そげんこつ言われても事実は事実ばい。」

「それ以前にお前が双子って事にまず驚くのだ。」

「…言う機会が今まで無かったけん。言ってもが危険に晒されるだけばい。」

「大根先輩めがさんと双子って…司馬がべらべら喋り出す事より有り得ん!!」

「そろそろ黙りー、こん猿が。それ以上言うんやったら大根の餌食になるとよ。」

「おッ前!!嘘つきは漢ッが廃るぜ!!」

「嘘じゃなか。」

「があぁぁぁ!!」



皆、険しい顔で問い詰める。



因みに、上から蛇神、兎丸、子津、鹿目、猿野、獅子川、三象の順である。
…三象の言葉は解読不能であるから、当然猪里はそれを無視した。
まぁ、円の何処からも威圧感を感じるのは間違いない。



それらに対する猪里はごく普通の顔で応対する。
言葉の端々に刺が滲み出てはいるのが感じられるが。
周りを囲まれていることと、皆の怖い形相に驚いてか、1人だけ慌てている。


「あ…あのぉ…。喧嘩するのやめませんか?」


険悪な雰囲気からの脱出を試みるようにが口を開いた。
おどおどと話すに皆の視線が一斉に集まる。
もちろん、その顔は先ほどまで猪里に向けられていたようなどす黒いものではない。



の発言に1番に答えたのは牛尾だった。


「いやだな、君。喧嘩じゃなくて口論だよ。」


さらりと言ってのける。
キャプテンオーラを身に纏い、非常にキラキラと輝いて…バックにはオプションで花まで咲きそうな笑顔である。
牛尾の笑顔が眩し過ぎて、皆一斉に目を細めた。


「あんまり変わらないじゃないですか…。」


…が、だけは至って普通で、いやむしろ大きなため息をついた。
目を伏せて、大げさに肩まで落とす。



すると、視界の横から伸びてきた2本の手。
それらはゆっくりとの細い腕に絡まり、反射的には顔を上げた。



「…とりあえず、大根…猪里先輩の言ってることは事実なのか?」

「……!!(じぃー)」

「あ、あの…ですね…。」


言葉は控えめに、けれど逆らうことは出来ないような視線に、は戸惑った。
よくよく回りを見回すと、皆同じような表情でこちらを見ている。
居心地の悪い沈黙に少々困りながら、は必死で思考を巡らす。





がうーんと唸って策を巡らせている間、周りはずっと静まりかえっていた。
それだけ、の言葉を重要視していたのだ。
辺りからは音が消え、息をする音でさえも聞こえてはこない。





…鳥の声や風の音も、空気を察したかのように止んでいる。
…というとあたかも自然の音が気を使っているように感じるが。
実際には、自然の音でさえも近づきたくない、というだけの空間が出来ているだけだ。







傍迷惑なことこの上ない。







暫く考えて、やっとでは何か案を思いついたらしく、自分の鞄をゴソゴソと漁った。
そうして、鞄から出てきた手には1つの小さなパスケース。
それを開いて、顔の前に持ってくる。


「生徒手帳です。猛臣の言ってるのは本当なんですよ?信じて下さい。」


の提示したパスケースを除きこむと、そこには写真と共にこう、書かれていた。





―十二支女子高等学校 普通科2年    猪里 





猪里、


そこに在る名前は、確かにのものだ。


苗字は猪里。
これ以上の証明が今何処にあろうか。
疑う余地はない。


「アンビリーバブルな…本当に猪里先輩の妹さんですか…。」

「「そう(っちゃ・だよ)。(やけん・だから)さっきから何度も説明し(とるんよ・てるのに)。」」

「…息ぴったりなのだ…。」


信じられない、信じたくないと肩を落とす周りに対し、2人は同時に答えた。
図ったように絶妙のタイミングで答えるなど一朝一夕で出来るはずがないのだ。
…しかも片方は方言丸出しで、片方は標準語で。
言葉に対しての疑問は未だ残るものの、このハモリにハモった言葉は事実をより決定付けたのだった。





静まり返っていたグラウンドにはこれを機に再び音が戻り、先ほどまでの反動であろう、ざわめきすら起きる。
皆思い思いの表情を作っている。
眉根を潜める者も居れば、現実逃避を繰り返す者など、反応は様々だ。



ただ、ざわめきだけが次第に大きくなっていく。



「あー…とりあえずてめぇ等、部活する気あんのか…?」


そして、ざわめきが一番大きくなった頃、事の成り行きをただ見守っていただけだった羊谷から、やっとで声が掛かった。
頭を掻きながら呆れた声で問いかける。
すると、それまでのざわめきがピタリと止み、皆一斉にもの凄いスピードで羊谷に向き直った。







「「「「「「「「「「「「…今は(君・さん・ちゃん・殿)が一番大事(です・なのだ・だ・也)!!」」」」」」」」」」」」







…普段、声を出さない司馬までもが叫んでいた…。
いや、誰も司馬だとは分からなかったのだが。
そうして羊谷の指示を完全に無視して黙らせると、また先ほどの状態に戻った。
羊谷は驚きと呆れの表情を同時に浮かべ、なんとも複雑な表情である。
今日の練習は中止か?そう羊谷が考えていたとき、事態は急変した。


「…皆さん練習しないんですか?…せっかく来たし見てみたかったのにな…。」







「「「「「「「「「「「「さぁ監督!!練習しましょう!!」」」」」」」」」」」」







「……。」

…こうしての一言で、部活は何とか無事(?)に開始されたのだった…。
監督、形無し。(笑





君はそこのベンチに座って僕たちの勇姿を見ていてくれ!!特に僕中心で頼むよ。」

「はいー、了解ですー。」


皆がに良い所を見せようと、気合充分でグラウンドに散っていったとき。
の後ろから、再び神々しいオーラを纏った牛尾が話しかけた。
顔は満面の笑みで彩られていたため、もつられてにっこりと微笑む。
その反応に対して牛尾が気を良くし、の頭を撫でようとすると、突如伸びてきた手によってそれを阻まれた。
その腕は少々強引にを捉え、引き寄せた。


!!そんな簡単に返事するんじゃなかっ!!俺だけ見ときー!!」

「猛臣…そんな興奮しなくても…ちゃんと皆見るよ?」


抱きしめられ、向かい合う状態で猪里の腕に閉じ込められたは訳が分からない、というように首を捻った。
猪里としてはそろそろ事態を把握して欲しいのだが、鈍感なのか天然なのか、は一向に把握しない。
それが分かっているからこそ、猪里は盛大にため息を吐き、再度、に対して警告を促す。


は自覚が足りんっちゃ!!俺が守ってやるけん、下手にこげん野蛮な雄共に近づいたらいかん!!」

「…野蛮な雄…?……わかりました。」

「…ならまぁ…良かたい。」


は案の定首を捻ったが、一応了解の意が告げられたことに少し安心感を覚える。
口の端だけゆっくり綻ばせる笑みを浮かべると、もつられて笑った。
当然、猪里の後ろから不穏な空気が流れ始める。
ゆっくりと振り返ると、神々しい笑顔の裏にどす黒いものを秘めた牛尾が居た。


「猪里君、練習で決着をつけようか…その前に虎鉄君を起こしてきてくれるかい?」

「望むところたい。」


にっこり笑う牛尾から大根とゴボウを受け取ると、スタスタと虎鉄の方へと歩を進めた。





…大根は、まだ分かるんですが。

何処からゴボウが出てきたんだ…?

気にしたら牛尾に消される気がしてならないのでツッコまない事にしよう。





さぁ、レッツ現実逃避☆(ぇ





「さっさと起きー!!だらしないっちゃね!!」


さっきと同じところ、同じ体勢で未だ虎鉄は死んで…いや、意識を失っていた。



虎鉄まであと数歩の所。
猪里は先ほど同様、大根を投げた。
大根は綺麗に弧を描き、一直線に虎鉄の頭へ飛んでいく。
その威力は凄まじいものだったらしく、鈍い音が周りに響いた。


「っTe〜!!その攻撃やめろよNa!!」


が、その攻撃で虎鉄は今度は覚醒したらしく、頭を抑えながら悪態をつく。
涙目のまま空を仰ぐと、そこには猪里が笑顔で立っていた。
右手には、先ほどのゴボウを持ち、その鋭利に尖った根の部分を虎鉄の顔前に突きつけている。


「黙らんか、虎鉄。」

「わ…悪かっTa…。…それよりが猪里の妹だったとはNa…。」


猪里は終始笑顔だったが、逆らうことが出来ないような空気を纏っている。
生命の危機を感じて、素直に虎鉄は謝った。


「聞いてたっちゃ?」

「Ah。まぁ障害は大きいほうが燃えるんだけどNa。覚悟しとけYo?」


にっこり笑って猪里に告げると、猪里はため息をつき、顔を伏せた。
次に顔を上げたときには、鋭い目つきと、射す様なオーラで虎鉄と対峙していた。


「寝言は寝てから言いー。今はそげん冗談の相手は出来んと。」


そうして、ほら、練習。とグローブを投げてグラウンドに駆けていく。
そこには虎鉄1人が残される。
受け取ったグローブを握り締め、至極楽しそうに笑っていた。







「俺はいつでも本気だZe。…今に見てろYo…。」







小さな決意の呟きは、誰にも聞かれることがなかった。
ゆっくりと練習に向かう中、着実に、虎鉄の頭の中は今後の作戦で埋め尽くされていった。















「…険悪だなぁ…猛臣が怖いのなんか初めて見たよ…。」


皆の後姿を見送った後、さっきまでの緊張を解こうとは大きく肩を落とした。
心配そうに、グラウンドに散っていく部員を目で追っていく。
時折、兎丸や猿野達がこちらに手を振っているのを見つけると、力無くではあるが、笑みを溢した。



…直後、手を振り返された人物がリンチされてはいたが。



それを見て、または深くため息をつく。
練習が始まってからずっとこの調子であるから、当然といえば当然である。
まったく、ちゃんと練習をしてほしいところだ。


「ふふ。皆さん真剣なんですね。さんは…大丈夫ですか?」

「男の大乱闘ほど醜いものはないにゃー。」

「そうですね、猫神さ…ま…。」


後ろから掛かった柔らかな声。
沈んでいた頭を上げ、ゆっくりと振り返ると、そこには人の良さそうな少女2人(+ヌイグルミ)が居た。


「…あ、平気です。ありがとう。えーっと…。」

「1年マネージャーの鳥居凪です。」

「猫湖檜…かも…。こっちは…猫神さま…です…。」


ほんわかとした雰囲気。
向けられた笑顔に安心しながら、は微笑んだ。
2人の暖かな笑顔に、今までのことに対する謝罪を述べる。
…険悪な理由は理解してはいないが、流石にいつもこうなわけではないだろうと彼女なりに思ったらしい。


「よろしくね。凪ちゃん、檜ちゃん、猫神さま。でも…部外者がお騒がせしてごめんね?」


顔の前で手を合わせて、愛らしく謝る
それを直視した凪と檜は、顔を真っ赤にして、しかも数瞬遅れて言葉を返した。


「そんな事ないですよっ…!!」

「気にしなくて良い…です…。」

「…ありがとう、優しいねー。」


突然顔を赤くし、全力で首を振る2人に違和感を覚えながらも、は嬉しそうに微笑んだ。
そのまま、ニコニコと他愛の無いお喋りをする。
と、新たに加わる声がした。





「おーっす。今日は何でこんなピリピリしてんだ?」

「あ、もみじちゃん。おはようございます。」

「原因は、実際見たら分かる…かも…。」

「原因?」


声の持ち主は、清熊もみじのものであった。
もみじは檜の指差す方向をひょいと覗き込むと、そのまま固まった。
自分を見上げるその人物は、ニッコリと、極上の笑みで微笑んでいた。


「…っ。あぁ…。この人が原因か。ちっちゃくて可愛いな。」

「…原因?えと…猪里です。よろしくね?」


新たに微笑むと、握手を求める。
笑顔に見惚れていたもみじは硬直をとくと慌てて差し出された手を握った。





「…(か…可愛すぎるぜ…!?)清熊もみじです。」





の意識が、再びグラウンドに向いた頃。
マネージャー3人の話し合いが始まった。
に聞こえない程度に、小声で。


「理由、分かったでしょう?」

「あぁ…充分に分かった…こりゃ俺でも独り占めしたくなるわ…。」

「でもそんなことしたら、猪里先輩に殺されるにゃー。」

「今も…黒いオーラがグラウンドに溢れてる…かも…。」

「なんで猪里先輩になんだよ?」

「あのね、私猛臣の双子の妹なんだよー。」

「…だそうですよ。もみじちゃん。」


少しだけ、大きくなったもみじの声に反応したのか。
それとも、最初から聞いていたのか。
実にタイミング良く、簡潔には答えを返した。
凪も、檜も大きく肩を落としながらもみじを見つめる。





「…はぁぁああああ!?」





かなりのブランクを経て。
グラウンドにもみじの絶叫が響いた。
一瞬部員の注目が集まったが、と猪里の関係について知ったのであろうと分かると再び部活に集中し始めた。
それよりも今は、この場でどうすれば自分が目立つかを考えればいいのだから。
の注目を、自分に。
それだけを考えて、皆練習に勤しんだ。





「生徒手帳見せてもらったから…信じたくなくても本当…なの…。」

「…そんなに似てないかなぁ…?」

「ええ、とっても!!」


力強く答えたのはもみじだったが、後ろで凪と檜もしきりに頷いていた。
その反応にが少しばかり残念そうな顔をして落ち込んだのは、また別の話である。










羊谷はベンチに座ったまま練習風景を見ていた。
そしてそのままゆっくりと微笑む。
賭けをするときのように、楽しそうに。
策士の顔で微笑んでいた。

羊谷を見ていたのは、グラウンドに降り注ぐ日差しだけ。
彼の計画は、こうしてゆっくりと動き出す。















ゆっくりと動き出す歯車。
僕は風を受ける風車のように。


ただ君という風が心に吹いて。
ゆっくり、ゆっくりと、また新たに動き出す。


君に魅せられるのは誰?

僕だけじゃない。

そう、きっと。





君の周り、すべてが。








 





***あとがきという名の1人反省会***
今回、時間かかりました…。
会話文だけはめっちゃ早くに完成していたんですけどね…。(凹
どうも人数が増えると、風景描写が面倒で面倒で。
しかもだらだら長くなってしまいまして…反省点は色々あります。
苦情、叱咤、お待ちしております。

今回の話は、未だにさんがきた初日なんですね。
マネ編…ということで。ちょっぴり羊谷も加えてみたり。
キャラに偏りがあるのはもう少しの間、ご容赦ください。(ペコリ
で、まだちょっと書きたいことがあるので、4話目も同じ日にちです。
ゆっくりゆっくり、亀並みに進んでいきますが。
これからもご贔屓にしていただけると幸いです。

それでは、ここまで読んでいただきありがとうございました!!

2005.2.1 水上 空