時間は、戻らなかった。





信じていた。
信じきれなかった。

傍に居たかった。
傍に居られなかった。





目の前の光景に対応しきれなくて。
嘘だと信じたくて信じきれなくて。
頭が真っ白になっていった。



幾度目かの裏切り。



目の前の光景はそれと変わらないのに。







それでも、どこかで信じていたかった。







〜凍ったココロ -side A・T- 〜







明日は私の誕生日。
日付が変わるまであと少しだ。

今年も私はまた、1つ年をとって。
また1つ、大人に近づいていく。


嬉しいはずの、誕生日。





だというのに。
今、私のココロはこれ以上ないというほど落ち込んでいた。

ベッドに横になりながら。
ため息ばかりが部屋を舞う。
携帯のメールチェックに忙しなく指が動く。



彼氏からのメールは届かない。

彼氏からの電話はかかってこない。

前々からしていた誕生日の約束も、今日になってキャンセルされた。



そう、監督の。


「次の2回戦の相手が決まったぞ。私立明嬢学園。いわゆるアイドル高校だな。
まぁ相手高はアッチで有名な高校だ。野球の実力の程はたかが知れているとは思うが…。
初戦を突破したくらいだ、念には念を入れて視察を行いたいと思う。」



という言葉で。


練習が終わるとすぐ、彼氏…虎鉄大河は私の所に走ってきた。
私の目の前にたどり着くとすぐに、両手を顔の前でパンッとあわせる。


「悪かっTa!!…結果的に約束…破ることになっちまってYo…。」

「良いよ、仕方ない。大河のせいじゃないし。」

「でもSa…。」


本当に申し訳そうな顔で大河は言った。
それが、嬉しかった。
気にかけてくれていることが。
だから。


「約束破ってまで行くんだから、しっかり偵察してきてよねっ!!」


いつもの調子で笑うことが出来た。
デートの約束が無くなっても。
笑顔で許すことが出来た。



少し、淋しかったけれど。
少し、悲しかったけれど。



我侭だと思ったから、言わないでおいた。


「…分かってるっTe!!サンキュ、♪」



名前を呼ばれたのと同時に腕を引かれて。
大河は、軽く頬にキスをくれた。


真っ赤になった私を見て。
大河は、愛してると呟いて。



憎らしいほど綺麗に笑ってた。



「出来るだけ、早く帰ってくるからSa、夕方にでも遊ぼうNa♪」

「うん、約束ね。」


帰り道、指切りをして。
新しく、約束をした。



大河の事を考えながらぼーっと携帯をいじっていると。





携帯の日付が切り替わった。





誕生日おめでとう、自分。
心の中で呟く。


と、同時に携帯はメールを受信したことを告げた。


がばっと跳ね起き、深呼吸。
ゆっくりとメールを確認する。


『誕生日おめでとう君。これからも野球はLOVEでいてくれよ。   牛尾』


「…さすがミカキャプ…0時きっかりだ…。野球はLOVEだがキャプの変態っぷりはKILLだね…。」


悪態をついてすぐ、また私の携帯はメールを受信。
次は誰から…と送信者を見て血の気が引いた。


『変態とかKILLとか言うもんじゃないよ?それ以上言ったらどうなるかわかってるよね?   牛尾』






ミカキャプからでした。


「…怖い…。」


あの人の力で部員の家には至る所に盗聴器が仕掛けてあるんではないだろうか…。
そう、本気で思ったが言わないでおいた。
うろうろと自分の部屋に盗聴器が仕込まれていないか確認。



その間にも携帯にはメールが送られてきている。
盗聴器探しにも早々と飽きて、再び携帯を手に取った。



『祝ってやるだけ有難く思うのだ   鹿目』


「とっとこ先輩のくせに何様のつもりですか。」


ちゃん先輩お誕生日おめでと〜♪   比乃』

先輩お誕生日おめでとう、頼まれてたサスケのMD月曜持ってくね。   葵』

『お誕生日おめでとうっす。先輩にとっていい年になるように祈ってるっすよ!!   子津』


「…かわいい後輩達よ…ありがとう。」


『とりあえずおめでとう。   犬飼』


「とりあえずかよ。ちゃんと祝えよ。」


先輩、おめでとうございます!!これからもこの素敵に無敵な天国様を見守っててくださいね!!(ォィ   猿野』


「自分でツッコむ位なら最初から言うな。」


『ハッピーバースデイです、先輩。これからも先輩のミラクルな行動に期待していますよ。   辰羅川』


「…私の行動よりお前のモミアゲの方がミラクルなんだよ。テリブルテリブル…。」


メールを開くたびに何故かツッコミをいれてしまう。
口では激しくツッコんでいるが、それでも私の頬は緩んだ。
例え、どんな内容であっても誰かが祝ってくれるというのは嬉しいものだ。


そう、どれだけ生意気な奴でも。
普段、どれだけ鬱陶しい奴でも。


祝ってくれる、その行為が嬉しいことなのだ。



それが友達なら尚更で。





…彼氏なら、尚更で…。





無意識に携帯を握り締めていた。
結構な力が掛かっていたらしく、気づいたときには指は少し冷たくなっていた。
慌てて力を緩めて携帯をベッドの脇に放り投げる。


枕に突っ伏すと、少しだけ。



涙が零れた。







暫くして、涙は割とあっさりと止まった。
目が赤くなっていないか確認するためにベッドを離れると、急に騒がしくなった携帯。


着信だ。


でも、それは待っていたものではない。
大河以外の、クラスメイトのものだ。
確認するまでも無い。
それでも、のろのろと手に取り、通話ボタンを押す。


「お誕生日おめでとうっちゃ。」

「…ありがと、猪里。」


着信は予想通り猪里のものだった。
耳に届く声は優しく、おめでとうが心からのものだと良く分かった。


時計を見れば0時半。


猪里なりに気を使ったのだろう。
大河と、電話をしているのでは、と。


、元気なかね?」

「そんなこと無いよ?」


嘘だった。
でも、心配をかけたくなかった。
できるだけ平常心で言ってのける。


「…虎鉄から、連絡ないっちゃ…?」


平常心を装ったはずだった。
はずだったのに。
猪里はちゃんと私の嘘を見抜いていた。


「…まぁね。鋭いね、猪里は。」

「あん馬鹿が…の元気奪うなんて酷か奴ばい。」

「いや、そこまで言わなくても。所詮私よ。」

「そげんこつなか。彼女の誕生日は真っ先に祝うのが普通たい。」


さらりと、猪里は口にした。
私が本当に望んでいたことを。


それが当然だ、と。





軽い言葉が、返せなかった。

唇をかみ締めて。

頭を振って。

悪いとは知りながら、必死に。





ただ、必死に。





猪里の言葉を否定した。





「元気だし。は元気が一番やけん。」


な、と柔らかく笑う猪里の顔が浮かぶ。
温かな言葉が耳に届いて。
凍りつきそうなココロを包む。





猪里は、何も言わなかった。





ココロに渦巻く闇を暴こうとはしなかった。


気遣いが痛い。


いつもはそれで救われるはずの気遣いが。





今日は、チクリと、痛かった。


「…猪里ぃ、あのさぁ。」

「ん?」

「今日、遊べ。折角の誕生日だから、祝え。」

「命令形か…。分かったっちゃ。ばってん、虎鉄に悪かね…。」


猪里は唐突の命令に、ふっと笑った。
断ろうとはしなかった。
断って、良かったのに。


「仕方ないでしょ、明嬢戦のための偵察部隊なんだし。」


自分に今一度。
今一度言い聞かせるために強く言い切った。


「…なんで断らんかね、虎鉄はあほばい…。こげんを悲しませて…。」

「…仕方ないよ。私だって大河の性格分かってて付き合ってるし。」

「……。」

「そんなことよりさ、今日はどこ行こうね?」







猪里は、何も言わなかった。





言わなかったんじゃなくて、言えなかっただけかもしれない。
息を吸い込むような、そんな音がしたから。





言えなかっただけかもしれない。



何か言いたそうな間だったと思う。
でも、言葉に詰まったんだろう。

だから。

私は、敢えてそれを無視をすることにした。







それから明るく振舞って。

約束をして、他愛無い会話をして。
寝坊しないように寝るよ、と電話を切った。






本当は眠る気なんて無かったけれど。


…一番欲しいメールが届くまでは。





気長に待とうと決めて、本棚から漫画を取り出す。
真剣に読むつもりは無い。
ただの暇つぶしだ。


パラパラと適当にページを繰ると、恋人たちの抱き合うシーンが目に映った。





ゆっくりと漫画を閉じて。
力一杯、本棚に向かって投げつけた。
ばさり、と本は落下したが、拾う気にはならなかった。
そんなこと、どうでも良いと思った。






いつの間にか頬には冷たい感触。


誰に見られるわけでもないのに。
隠したくて擦った瞳。
涙が溢れて。


誰に見られるわけでもないのに。
隠れたくて畳んだ四肢。
小さく震えて。


誰に見られるわけでもないのに。
静まる部屋に響く雨音。
ココロを冷やす。





雨は、大河を連れては来ないから。


それどころか。


雨は、2人の間に割り込んでしまって。
大河の表情にノイズをかける。


雨は、私を濡らしてしまって。
私の身体の熱を奪っていく。





「大河…。」


虚しく響く声。





大河には、届くだろうか…?










大河から、メールが届いた。
ディスプレイにはたった、一言。



『誕生日おめでとう、





嬉しすぎて、目眩がした。





メールを保護して、携帯を握って。
安心して、やっとで眠れた。







時刻は、午前7時を回っていた。

とっくに日は昇っていたけれど。

声を一番に聞くことは出来なかったけれど。





安心して、やっとで、眠れた。














***あとがきという名の1人反省会***
Q.えぇ!?こ、これ誰の夢ですか!?
A.すみません、個人的には虎鉄夢です。

主人公視点にしたら虎鉄が明らかに少なくなりました。
何ででしょう…。(焦
これを書こうとして虎鉄のキャラ思い出そうと漫画読んでいたんですが、
丁度明嬢戦の巻を読んでいたため、こんな感じになりました。

しかも、メチャメチャ長くなったために前後編です。(はい、やっかい。
重ねてお詫びします。(反省

できるだけ早く続きをアップする予定です。
何だか短編のはずがプチ連載ものになるかもしれませんが、
よろしければ最後までお付き合いください。

それでは、ここまで読んでいただきありがとうございました!!

2005.1.15 水上 空