風が運んでくれたもの。
君、という名の淡い夢。

君が僕らにくれたもの。
この日生まれた、恋心。

大好きだから、離したくないよ。
そう想うのは、悪いことデスカ?



ねぇ、例えそれが君を罠に嵌める事だとしても。
君を傍に置きたいからだと、分かってくれるかな?
独占欲の塊の僕を、嫌わないで居てくれる?

また笑顔を見せてくれる…?







〜姫と愉快な王子達−act.5 ターゲッチュゥ!!−〜







忘れもしないあの事件から数日が経った。
取り合えず、まだ敵は何も仕掛けてこない。
…ある意味、この空白の時間が恐ろしい。

土日を挟んだ週明けの月曜日の朝。
まだ気が抜けないな、そんなことを考えながら俺は学校に向かう。


「俺は朝練ば行くけん、も気ぃつけて学校に行きー?」

「平気だよー。子ども扱いしないでよね。」


玄関から声をかけると、妹であるは見送りに出てきてくれた。
ニッコリと笑った顔からは、どこを探しても不安は見つからない。
今だ…自分が狙われているという自覚がないらしい。





…なんて、鈍感なんだろう。我が妹ながら。





そののんびりとした顔につられて、俺も思わず笑ってしまった。


「…まぁ良か。何かあったらいつでも携帯に連絡入れてき。すぐ飛んでいくけん。」

「うん、ありがとう猛臣。」

「じゃぁ、いってくるっちゃ。」

「いってらっしゃ〜い!!」


学校向かう俺を、楽しそうには送り出した。
朝練がある野球部に所属している俺は、より早く家を出ざるを得ない。
…本当は傍で護っていてやりたいのだが、こればっかりは仕方がない。

今日のの強運を祈って、俺は学校に向けてペダルを踏み始めた。



…どうか、今日もが無事に過ごせますように。





朝の風がとても心地よかったから。

今日も無事に過ごせると思いたかった。















「おはよー!」

ッ!!」


クラスに入った途端、クラスメイトが血相を変えて飛んできた。
どうしてこんな熱烈な歓迎が待っているのかなぁ?
いつの間にか私を囲むように出来た人垣を見回しながら答える。


「え、何?どうしたの皆。」

「十二支高校に転校するなんて嘘よね!?」


1番仲の良い友達が、私の肩を揺さぶりながら聞いてくる。





十二支?





転校?





いや、それよりも周りの人がうんうん頷いてたり。
何か私の知らないところで、色々な噂が流れてるっていうのだけは分かった。
…四方から向けられた目線が痛い。


「…誰が?」

「アンタが!」

「何それ?」

「職員室で先生達が言ってたよ!?」

「……何か良くわかんないけど…校長先生に聞いてくる。」


私が転校?ってどういうことなんだろう?
…あぁ、猛臣と私のことを間違えてるのかな?
兄弟は十二支ーって言ったのかもしれないし。

根も葉もない噂が流れてるのは困るから、取り合えず校長室に向かう。
私をやっとで解放した友達は、後ろで何か熱いエール?を送ってくれた。





いったい何がどうなっちゃったんだろう?















朝練を終えて、部室での着替えも終えたとき。
いつもなら静かな携帯電話がいきなり鳴り響いた。
着メロを聞いて、慌てて取り出す。



その着メロは、用のものだったから。



着替えが終わるのを待っていてくれた虎鉄に、一言悪いと断って、先に行くように促した。
虎鉄は軽く頷くと、そのまま部室を抜けていく。
物分かりの良い親友に感謝しながら、未だ鳴り響く携帯のボタンを押す。


?何があったとね?」

「何かねぇ、私の転校手続きが既に済んでるから、十二支高校に行けって。」





……………嫌な予感というものはどうにもこうにも当たるものらしい。





そうか、あのときの密談はこういう事なのか。
千切れた記憶の鎖が、1つに繋がっていく。



これを企んだのが誰なのか、とか。

転校手続きを本人が知らないところで行なえるのは誰なのか、とか。

全てに合点がいった所で、次に俺が何をすべきかが見えてくる。





「………首謀者捕まえてから行くけん、ちょっと校長室で待っとき。」

「…首謀者…?」


やはり自体が飲み込めていないは疑問の声を上げた。
…そっちに行くから大人しくしていろ、と事実だけをそのまま告げると、分かったと返事があった。
それだけを確認すると、電話を切って一目散に目的の教室まで駆け抜ける。





目的の教室が遠いとか、3階まで上るのが面倒だとか。
そんなことはどうだっていい。
そんなことで息切れはしない。

ただ、どうしても。
を護れなかった自分が。
護りきれなかった自分に腹が立った。
結局、何の役にも立ててない、と。
妹1人、満足に護りきることが出来ない。



早く動け、俺の脚。

これ以上、失意に負けてしまわないように。

立ち止まらずに、速度を落とさないで。

………早く!










「牛尾さん!!」

「やぁ、猪里君じゃないか。君は一緒じゃないのかい?」


乱暴に開けた扉の向こうで、首謀者は優雅に紅茶を飲んでいた。
驚かすといった名目で扉を乱暴に開けたわけではないのに、近くの生徒は竦み上がる。
扉の共鳴が終わると、シンと静まり返る教室に、俺の足音が響いていく。
牛尾さんの机までの最短距離。
俺の邪魔をする生徒は居なかった。


「………行きますよ?」

「あぁ、うん。」


無理やり腕を掴んで立たせたのに、牛尾さんの余裕の表情は変わらない。
……………とすると、これも想定内なのか。
まるで、手のひらの上で転がされる駒のようだ。
そう気がついて、余計に腹立たしくなる。

少し強めに牛尾さんの身体を引いたが、それすらも気にしている気配はない。
至極、楽しそうに牛尾さんは笑っていた。

その笑顔の裏には、何が隠されているのか俺には分からない。
ただ、妹…を罠に嵌めた事だけが俺の頭の中を回る。
こんな強引な手口に出るとは、思ってもみなかった。
どうしよう、どうしよう。





俺は、この人に勝てるのだろうか。

もう勝ちは決まっているのに、そう言わんばかりの笑顔を携えた人に。




















「「失礼します。」」


十二支女子の校長室。
入るとすぐにの笑顔があった。
校長室の周りには、の同級生がこれでもか、という位に押しかけている。
………というのに、まだこの妹は事態を把握していないのか。


「猛臣!………と、ミカちゃん先輩…?」

「やぁ、君v久しぶりだねv」

「3日ぶりくらいですかねー?」

、そんなの良いから。こっち来い。」

「え?………うん。」


牛尾さんと仲良く話している場合ではないだろう。
コイツが、騒ぎを起こした張本人だというのに。
嬉しそうに話しあう2人の間に手を滑らせ、だけを引き寄せる。
小さく舌打ちが聞こえたのは、きっと聞き間違いではない。
そっと覗き込んだ牛尾さんの顔は、一瞬だけ悔しそうだった。

俺の視線に気付いたのか、先程同様余裕の笑みを作り直す。
の上で密かに(黒い)笑顔の睨みあいが続いたところで、奥から控えめな咳払いが聞こえた。



…そうだ、ここは校長室だった。



が話しているかもしれないが、こちらはいきなり乗り込んできた他校生。
挨拶も済んでいないことをようやく思い出して、そちらに向き直る。


「…それで、君は?」

「初めまして。猪里の兄で、保護者代わりの猛臣と言います。」

「そうか、君が噂のお兄さんね。」


部屋の最奥で微笑んでいた校長先生は、こちらの無礼を責めたりはしなかった。
それどころか、笑顔で話しかけてくる。
…女子校の先生って感じの、柔らかい物腰の方だった。





良かった、気に障る言い方をする人じゃなくて。

これでこそ、こちらの有利に話し合いを進められるというものだ。

………良い人は損をする。

否、してもらう。なんとしても。





じりじりと校長先生に歩み寄る。
勿論笑顔(黒)だ。
無言で圧力をかけれるのだから、それを利用しない手はないだろう?

獲物を狙う肉食動物のように。
俺は最大限の笑顔で、話しかける。


「簡潔に言います。校長先生、の転校、取り消してください。」


案の定、校長先生は言葉を詰まらせた。
ね?と再度脅すと、瞬間的に顔を背ける。



よし、もう一押しだ。



再度言葉を掛ける前に、校長先生は口を開いた。
…何を言うか、いや、言って良いか。
分かってますよね?





「……………それは…」

「無理だよv」

「なっ…!?」


校長先生の囁くような声に、後ろから牛尾さんの声が飛んできた。
咄嗟に振り返ると、の頭を撫でながら微笑んでいる牛尾さんが目に飛び込んでくる。
つかつかともと来た道を戻って、を奪還する。
を隠しながら、睨みつけると、牛尾さんはご丁寧にも笑みを一層深めた。


「だから、無理だよ。正式に手続きは済んでしまったからね。」

「貴方の一存でそんなことを決めないで下さい。」

「あー、十二支の制服着れるんだぁ、私。」

「僕だけじゃないよ、監督の了解も得ているからね。」

「了解というか共犯でしょう。」

「十二支なら猛臣も居るしなぁ…。」





あぁ、もう。
本当に、この人の手の上で転がされている感じ。





「あ、こら。君達?し…静かに…落ち着いて下さい……?」





オドオドと掛けられた校長先生の声を見事に無視して話を続ける。
悪いね、先生。
もう貴方を脅しても何にもならない。

牛尾さんを、倒すしか、道はないんだよ。





「じゃぁ聞くけど。君?」

「はい?」


と、いきなり牛尾さんはに声をかける。
咄嗟に護ろうとしたが、時既に遅し。
牛尾さんは、今はもうちゃっかりとの顔を覗き込んでいる。



…どういう動きをしたらそうなっちゃうんだ。

さっきまで、俺が間に居たはずなんだけど。



の身長に合わせるが如く、牛尾さんは腰を落として話を続ける。


「十二支高校に通いたくないかい?」

「………猛臣と一緒なら。」

「そういうと思ってね、クラスもちゃんと一緒にしてあるんだよ。」


最上級の笑顔を向けて話す牛尾さん。
………悪いが、俺にはもうそれは悪魔の高笑いにしか見えなかった。


「じゃぁ通いたいです。」

!?」


ほら、言ってはならない事を言わせてしまうのだから。
焦っても仕方ないのは重々承知していたはずなのに、それも忘れてに向き直る。
は少し拗ねたような顔でこちらを見ていた。

はっきり言って、俺はこの顔に弱い。
意外と頑固なに、結局は押し負けてしまうことも多々ある。


「だって猛臣と一緒に居たいんだもん。」

「…ほらね?君もこう言っているじゃないか。」


牛尾さんは絶対、知っていてやっているのだろう。
の出した結論に優雅に微笑んでいる。
我慢の限界を超えて、ありったけの憎悪を込めて牛尾さんを睨みつけた。


「〜〜〜〜〜ッ!!(この偽善者がッ!)」

「だから、良いだろう?それで。(嫌だとは言わせないよ?)」

「絶対ッ!そんなことは認め…」


もう1度、牛尾さんに否を告げようと大声を張り上げた時。










「猛臣ー?良いでしょー?」










俺の学生服の袖を引っ張って、お願いをするを見てしまった。


「……………。」

「駄目ー?」





大誤算。

降参。

負。





「……………分かった……………。」





もう、俺は逆らえなかった。





「じゃぁ、そういう事で決まりだね。」





牛尾さんの明るい声に、俺はただただ脱力するだけだった。















護りたいものがある。
護りきれなかったものがある。

叶えたかった夢がある。
叶わなかった夢がある。


俺がどう足掻いても、何ともならないかもしれないけど。
それでも、足掻きたいことがある。
気付かないかもしれないけど、護らせて欲しい。
気付いていても、止めないで欲しい。



これは、俺が望んだ未来。



これからは、もっと上手く、君を護るよ。
夢ごと。君ごと。

必ず。







 





***あとがきという名の1人反省会***
何ヶ月ぶりなの、私ー!(叫
やっとで出来ました、姫ゆか(と私は略してます)第5話。
1年振り、というまでは放っておけなかったので、
頑張って更新しました。
ネタはかなり前に出来ていたのになぁ…(いつもの事
というか、知り合いの方が、「え、これって4話で完結じゃないの?」
と言ってらっしゃいました。違いますよ?

ということで、待ってらした方がいらっしゃいましたら、
本当にお待たせいたしました。何とか頑張ります。

それでは、ここまで読んでいただきありがとうございました!!

2005.11.26 水上 空